「影ぼうし」


「影ぼうし」

池のそばでカメさんが、くうくうお昼寝をしています。
背中にぽかぽかとお日さまがあたって、とっても気持ちがよさそうです。
カメさんのそばには、地面にぴたっと黒くはりついた影ぼうしがいます。

そこに猫さんがやってきて、カメさんにむかって言いました。 
「カメさん、こんにちは。今日もまたひなたぼっこかい?」
目をさましたカメさんが、あくびをしながらこたえます。
「甲羅を乾かさなくてはいけないからね」
「そうなんだ。いっしょに遊ぼうとおもったんだけど。 しかたないね。じゃあ、またね。」
「またこんどね」
「うん。またこんど」

そう言うと猫さんは、原っぱの方に走っていきました。
猫さんの影ぼうしも、ぴょんぴょん黒くついていきます。
ずっと黙って見ていたカメさんの影ぼうしは、猫さんの影ぼうしが羨ましくてしかたがありません。

「僕も 走り回りたいなあ。 あっちこっちに行きたいなあ。」

だけどカメさんは、まいにち、のんびりごろごろしているだけです。
時々、池の水の中で、お魚と遊ぶくらいです。
毎日、たいくつでしかたがない影ぼうしでした。

ある時のことです。
大きな風が、ぴゅーっと吹きました。
するとカメさんは、ごろんと横に転がってしまいました。
影ぼうしは体が軽いものですから、しがみついていたカメさんから吹きとばされてしまいました。

飛んで行ったところにいたのは、さっきの猫さんです。
影ぼうしのなんて意地の悪いことでしょう!
「あっちに行けよ!」 と言って、猫さんの影ぼうしにどんとぶつかったかって追い出してしまいました。
そして、こんどはちゃっかり自分が、猫さんの影ぼうしになってしまったのです。
追い出された猫さんの元の影ぼうしは、しくしく泣いています。

猫さんが原っぱの方に走っていくと、
影ぼうしも、泣いている影ぼうしにはおかまいなしについていきます

猫さんが木に登ると、影ぼうしも木にのぼります。
「ああ、面白いなあ。」
影ぼうしは、猫さんの影ぼうしになってから、いろんなとこに行けて 面白くてたまりません。
カメさんの影ぼうしだった頃は、せいぜい池の水の中でお魚と遊ぶか、同じ場所で日なたぼっこするくらいでしたから。

ある時のことです。
猫さんがよそのお家のお庭で、お昼寝をしていました。
猫さんの影ぼうしも、ぐっすり寝てしまいました。

目が覚めてあたりをきょろきょろ見渡すと、もう猫さんはいません。
「へぇー!!しまった~!大変だ~!」
影ぼうしは大慌てです。
寝ているうちに、猫さんにお庭に置いてけぼりにされてしまったからです。

そこに、その家の奥さんが、庭師とやって来て言いました。
「ここに石を置いてちょうだい」
すると庭師は、奥さんが指差した場所に大きな石をどかっと置きました。

「うっ!! 重い!!!」
影ぼうしは、思わず大きな声をあげてしまいました。
大きな石にどっしりと押さえられてしまったのです。
石はとっても重く、何日もその場からずっと動きません。
影ぼうしもその場からずっと動けません。

しびれをきらした影ぼうしは、なかなか動こうとしない石に聞いてみました。

「石さんは、いつ動くんだい?」
石はにやっとして言いました。
「私は山にいた時は70年ものあいだ、ずっと同じ場所にいたもんさ。
ここではそうさなあ。20年はここから動かないつもりだよ。」
石は動かないことを自慢しているようでした。

それを聞いた影ぼうしは、とても後悔しました。
風に吹かれてカメさんから猫さんのところに飛ばされた時。
猫さんの影ぼうしに、あんな意地悪して追い出さなければよかった、
カメさんのところに戻ればよかったと思いました。
 
こうして影ぼうしは、何年間もずっと、お庭の大きな石に押さえられたままです。
地面にぴたっと黒くはりついて、今日もためいきをついています。


(白鳥鈴奈作)


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